2011年12月27日火曜日

DeNAの記憶 2008年 その2

(2006年2007年2008年の続編です)

で、その店で守安さんが、いつもの口調で「フルタ、おまえやめるんだって?」と切り出す訳です。具体的に何て言ったか忘れちゃいましたが、でもいとも簡単に論破されて最終的には「DeNAで頑張ります!」みたいな感じになっていました。

論破というよりは励まされたという感じでしょうね。燃える気持ちが沸き上がってきたのを覚えています。このとき元気付けてくれた守安さんと川崎さんには感謝していて、いつか恩返ししたいと思っていましたが、DeNA 在籍中にはそれは叶いませんでした。

そういう経緯もあって、2008年の春頃から川崎さんが率いるチームに合流することになりました。このチームはモバゲーの基本機能の改善や新機能を作るチームでした。

基本的にエンジニアが企画から実装、運用まで一貫してやるというスタイルでしたが、企画職のメンバーが1人いて面倒ことや周囲への説明を非常にうまくこなしてくれましたので、僕のような説明が下手くそなエンジニアにとってはやりやすい環境でした。

ちなみに、この時のただ1人の企画のメンバーというのが松井毅という男でした。今はずいぶんと偉くなり執行役員になってますけど、歳も同じでバックボーンもある程度近かったこともあって、近しいものを感じて一緒に飲み歩くようになりました。ちょうど僕の奥さんが出産で帰省しているというタイミングだったので、松井さんが付き合ってくれてたというのが正しいかも。

それで、2008年の夏頃には松井さんと2人でアルバム機能を作ってリリース。2008年の11月頃にはブックマーク機能とリンク機能をリリースします。

ブックマーク機能とリンク機能は、モバゲー内の全ページをワンボタンでブックマークできる仕組みで、かつブックマークしたページをモバゲー内のいたるところに貼付けてリンク化することができました。

モバゲー内ではユーザーが投稿するテキストには HTML タグは使えませんので、Aタグなどでリンクを表現することができませんでした。そういう背景もあって、ユーザーコミニケーションの中で、"このページ"とか、"このサークルのこの書き込み"とか、ページ単位を示すようなコミニケーションは起き難かったのですが、このブックマーク機能とリンク機能を使うことで、ページを指し示して、それについてコメントするというようなコミニケーションが可能になりました。

で、これはユーザー主導のナビゲーションが作れるようにったということでもあります。今までは、モバゲーが用意したリンクをたどることでしか行けなかったページでも、ユーザーが勝手にリンクを作ることで、いとも簡単に行くことができるようになったのです。まさにソーシャルなナビゲーションエコシステムができました。

その後は、jpeg とか gif とかの画像バイナリに携帯キャリアが定めた転送禁止用のコメントを自動で加えるための Apache のモジュールを書いたり、「妄想俳句」という問題作をリリースしたりします。

「妄想俳句」は、個人的には超ヒットコンテンツだったんだけど、ユーザーにはあまり評価されませんでした。ちょっとエッジが効き過ぎていたんでしょうね。確認したらガラケー版の mobage にはまだ残ってました。

途中からこのチームに合流してきた優秀な新卒のことも書いておきます。彼はモバゲー版 twitter とも言われていた「おたけび」という機能を立ち上げますが、その後数年のアメリカ滞在を経て、今では別の環境で頑張っています。

今振り返ってみても大好きな人たちで、素敵なチームです。当時は感じなかったのですが、こういうやり方が成立したのは、川崎さんと松井さんによるところが本当は大きかったのかなと思います。改めて感謝ですね。この時のメンバーは業務ではバラバラになりましたが節目ごとに集まって飲みにいくようになりました。

2009年からはソーシャルゲームの立ち上げに関わることになりますが、それはまた次回。

(つづく)

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